潤滑の重要性をトライボロジーという言葉を通じて世界中に訴えたのはイギリスの機械エンジニアであったH.P.Jost(ハンス・ピーター・ジョスト)で、今から55年程前のことです。1966年、Jostは英国経済に対する摩擦、摩耗、腐食のコストを強調した報告書を発表いたしました。
これが有名なJOSTリポートです。この報告は、潤滑不適正により膨大な経済損失が発生していることを詳細な調査で明らかにし、潤滑適正化のための活動に国として取り組む必要のあること、また潤滑の重要性を人々にアピールするために新しくトライボロジーという言葉を合言葉に、また産・学・官が一体となった活動を展開するように勧告しました。
トライボロジー(Tribology)とはギリシャ語の「Tribos」すなわち、擦ること・摩擦を意味する言葉から生まれました。本来潤滑の意味するところは、摩擦・摩耗を防ぐための機能ということですが、とかく潤滑剤や給油法のことが表面に出過ぎて、その本質である摩擦・摩耗防止のことが忘れられているきらいがあります。このため、世人の注意を喚起し、摩擦・摩耗防止活動の重要性をアピールするために、あえて摩擦の意味を持つトライボロジーという言葉が選ばれました。
表1は、このトライボロジー委員会が潤滑不適正による経済損失をイギリスについてまとめた調査結果であり、その額を年間約5億ポンドと算出しています。
損 失 の 内 容 | 経済損失 | 比率(%) |
---|---|---|
摩擦損失によるエネルギー損失 | 28百万ポンド | 5 |
労務費の増大損失 | 10 〃 | 2 |
潤滑剤の損失 | 10 〃 | 2 |
修理費、部品交換費の損失 | 230 〃 | 45 |
破損(故障)による波及的損失 | 115 〃 | 22 |
稼働率、機械効率低下による設備投資増大 | 22 〃 | 4 |
設備寿命の低下による設備投資増大 | 100 〃 | 19 |
合 計 | 5億15百万ポンド | 100% |
日本では1970年に、この「JOSTリポート」を受けて、機械振興協会が「我が国の潤滑問題の現状」と題する報告書の中で、同様の計算を試み、年間約2兆円の節約が可能であることを示しました(表2)。
損 失 の 内 容 | 経 済 損 失 | 比率(%) |
---|---|---|
摩擦損失によるエネルギー損失 | 700億円 | 3.5 |
労務費の増大損失 | 1200〃 | 6.0 |
潤滑剤の損失 | 100〃 | 0.5 |
修理費、部品交換費の損失 | 7500〃 | 37.7 |
破損(故障)による波及的損失 | 3800〃 | 19.1 |
稼働率、機械効率低下による設備投資増大 | 1100〃 | 5.5 |
設備寿命の低下による設備投資増大 | 5500〃 | 27.7 |
合 計 | 1兆9900億円 | 100% |
また、その後、日本における1979年度経済についての、潤滑の経済効果を算出した試算例(表3)もあり、これらの試算結果はいずれも総額でみて、なんとGNPの数%台にも相当していることがわかります。
損 失 の 内 容 | 経 済 損 失 | 比率(%) |
---|---|---|
摩擦損失によるエネルギー損失 | 1兆4,800億円 | 18.1 |
労務費の増大損失 | 1000〃 | 1.2 |
潤滑剤の損失 | 700〃 | 0.8 |
修理費、部品交換費の損失 | 3兆4,500〃 | 42.1 |
破損(故障)による波及的損失 | 1兆7,300〃 | 21.1 |
稼働率、機械効率低下による設備投資増大 | 2300〃 | 2.8 |
設備寿命の低下による設備投資増大 | 1兆1,400〃 | 13.9 |
合 計 | 8兆2,000億円 | 100% |
これらの経済効果額は、厳密には「JOSTリポート」に述べられているように、25~50%の誤差を見込んではいるものの、トータルコストダウンにかかわる様々な努力の中で潤滑の問題が、ないがしろにできない重要な問題であることを示唆するものです。